美容や健康維持のためには、食事の量は「腹八分目がいい」とよくいわれます。
そもそも「腹八分目」とはどこを指していうのか、人それぞれの感覚に委ねられるところが多く、極めて曖昧です。また、なぜ腹八分目がいいのかも、あまり知られていないところでもあります。
そこで今回は、腹八分目の特性をひもといていき、科学的見地から、腹八分目を数値化してみましょう。
科学で見る「腹八分目」:動物編
1980年代から、世界各国で食事の量を一定に制限した場合と、好きなだけ食べさせた場合とでは、平均寿命にどのくらいの差が表れるのかを、ラットなどの小動物を対象に研究されてきました。
日本でも同様の研究が行われ、その一つである東海大学医学部・橋本一男教授と、田爪正気講師らの実験によると、食事の量を一定量に制限されたマウスのほうが、1.6倍強も長生きしたという結果が報告されています(1990年発表)。
この研究では他にも、「カロリー制限をすることで、免疫力が高まる」ということも指摘されています。
A:食事を食べ放題にしたマウス……平均寿命74週
B:食事量を80%に抑えたマウス……平均寿命122週
その後も、さまざまな方面で研究が繰り返された結果、一定のカロリー制限をすることによって、細胞の老化を遅らせることができる、という事実が明らかにされました。
これによって、動脈硬化が招く脳卒中、心筋梗塞、高血圧、また細胞の機能不全によって引き起こされるがん、さらには糖尿病など生活習慣病の予防に、この腹八分目の効用が指摘されるようになったのです。
アメリカでは、より人間に近いサルを対象に、腹七分目(カロリー30%カット)で実験が行われ、血圧、血糖値、体脂肪、中性脂肪などの改善が見られたという結果も報告されています。
科学で見る「腹八分目」:人間編
人間を対象とした実験は、アメリカの『バイオスフェア2』で行われました。8人の研究者による自給自足のサバイバル実験によって、偶然、明らかにされたのです。
もともとは地球環境の保護と、宇宙への永住を見越した研究の予定でしたが、この本来の目的は失敗。ところが、そこでの食料の収穫量が少なかったことが幸いしました。研究者たちは、自給予定よりも約25%減の食事量で生活を続けることになり、そのことによって腹八分目の効能が実証されたのです。
1日の摂取カロリーは約1800kcal。その結果、8人全員の体重が減少、また生活習慣病に関する数値(血圧、血糖値、コレステロール値など)も、ほぼ減少したのです。
偶然の産物ではありますが、このバイオスフェア2や、サルによる実験などから、人にとっても一定のカロリーを制限することは、平均寿命を延ばすだけでなく、健康寿命を延ばす可能性のあることがわかったのです(*1)。
このときバイオスフェア2のプロジェクトに参加した、カリフォルニア大学のロイ・ウォルフォード名誉教授は、「カロリー制限」と「健康」の相互関係に着目し、栄養失調にならない程度にカロリーカットした食事メニューなどを提唱しています。
(*1)健康寿命=健康上に問題がなく、自立した日常生活が送れる期間
科学で見る「腹八分目」:遺伝子編
その後、「カロリー制限」と「健康」の相互関係は、遺伝子レベルの解明へと発展していきました。たとえば、細胞の老化を制御するサーチュイン遺伝子は、カロリー制限を加えると活性化し、細胞の死滅を防ぐ機能が高まることが明らかになりました。
現在は、カロリー制御模倣物(薬)によって、サーチュインを活性化させる研究も進められています。
また、私たちの遺伝子のなかには、病気の発生を抑制する働きを持つものがありますが、ある年齢に達すると、その機能を停止してしまうものも少なくありません。
こうした遺伝子たちも、「カロリー制限」することによって、機能する期間を長くできると推定されました。
これによって、異常細胞の増殖が原因で発症するがんや、アルツハイマー病のリスクなど、加齢に伴う病気の発症を遅らせることができると考えられています。
実践!腹八分目
ここまで、科学的見地から見て、一定のカロリー制限を加えることは、健康で長生きする秘訣であることがわかりました。
では次に、実際に制限するカロリー量について説明します。日本人の平均的な1日の総摂取カロリーは、約2000kcalです。
仮に、腹七分目として30%カットした場合、1日の総摂取カロリーは1400kcalになり、糖尿病食とほぼ同じになります。
これでは、一般的な日常生活を送っている人には少な過ぎるので、ここでは腹八分目(20%カット)で計算していきます。
ただし、1日の総摂取カロリー1600kcalは、デスクワークや家事など軽い労働をする人を基準にしたものなので、実際に試されるときは、その点を考慮してください。
過剰摂取気味の「脂質」をカットして、400 kcal削減を目指す!
近ごろは、飲食店のメニューや料理本などに、その料理のカロリーが表示されていることが多くなりました。
それらを計算して、1日の総摂取カロリーを1600kcalにする方法もありますが、それよりも、「平均的な総摂取カロリー/2000kcal」から「腹八分目の1600kcal」を引いて、「1日400 kcalを目安にカットする」と考えたほうが、分かりやすいのではないでしょうか。
ご飯を茶わんに軽く盛った1杯が約200kcal。その2杯分が400kcalの目安です。
(平均的な総摂取カロリー)2000kcal-(腹八分目)1600kcal=(カロリーカット)400 kcal
そして、優先的にカットしていきたいのが「脂質」です。
その利点は二つ。
一つは、脂質はタンパク質や炭水化物に比べて、1g当たりのカロリーが2倍以上だという点。同じ50gをカットした場合でも、カロリー低減の効果がより高いのです。
もう一つは、現代の日本人は脂質を過剰摂取する傾向が強いためです。本来、脂質の摂取量は、総エネルギーの20~25%が適正とされています。
しかし、20~40歳代では、上限の25%を超えているというデータも出ています。(*2)
特に、動物性脂肪の摂り過ぎは、がん、あるいは肥満や高脂血症など生活習慣病のリスクを高める要因です。これを機に積極的に低減していきましょう。
(*2)平成12年、閣議で策定された「食生活指針」を参考
「ちょっとだけ」をキーワードに
では、脂質カットの視点に立った400kcal削減を、実際の食事で考えてみましょう。ここでのキーワードは「ちょっとだけ」です。ちょっとだけダウンするとか、ちょっとだけ我慢するとか……。
例えば、昼食に、カツ丼を食べるとしましょう。カロリーは約1000kcalです。ここで「1000kcalも食べるのはよくない!」とやめてしまうのは、ストレスが溜まるので、よくありません。
カロリーカットの生活を続けていくことも、難しくなってしまいます。でも、ここで「ちょっとだけ妥協」して、カツ丼を親子丼(約700kcal)にかえると、それだけで約300kcalのカットに成功するのです。
パスタの場合なら、ベーコンや卵の入ったクリーミーなカルボナーラ(約850kcal)を、和風テイストのボンゴレや明太子スパゲティ(約550kcal)にかえれば、およそ300kcal削減できます。
中華の場合、かた焼きそばと餃子のセット(約1200kcal)を、レバニラ炒めとライスのセット(約600kcal)にかえると、なんと、約600kcalも削減できてしまいます。
ファストフードでは、テリヤキバーガー+フライドポテト(M)+コーラ(M)のセット(約1000kcal)を、ハンバーガー+コールスローサラダ+ウーロン茶のセット(約400kcal)にするだけで、およそ600kcalのカットになり、これも目標を簡単にクリアすることができます。
「食べたいものを食べない」のではなく、「食べたいものをちょっとだけ変更する」やり方なら、気楽に続けていくことができるのではないでしょうか。
食材や調理法によって、カロリーは減る!
また、カロリーが高めの肉料理も、肉の種類や調理法によって、カロリーを削減することができます。
例えば、ロースカツ(約550kcal)をヒレカツ(約350kcal)にかえるだけで、約200kcal削減することができます。また、家庭でロースカツを作る場合は、周りの脂肪を切り落とすことで、カロリーを半分程度にすることも可能です。
皮に脂身が多い鶏肉を食べるときは、皮を残すようにするとカロリーを大幅にカットすることができます。また、ササミは低カロリーで、しかも高タンパクな食材なので、カロリーカットメニューの主役にしてもいいかもしれません。
ハンバーグに使うひき肉には脂肪が練り込まれているぶん、約500~600kcalとカロリーは高め。ソーセージなども同様なので、覚えておいてください。
どうしても高カロリーな肉料理や、こってりした揚げ物が食べたくなったら、その次の食事に注意するようにして、高カロリーな食事が連続しないようにしましょう。
このように、食事にちょっと気を使うだけで、簡単に400kcalカットでき、ひいては健康寿命を延ばすこともできるのです。
満腹を演出する、食べ方の工夫をご紹介!
上手に400kcalオフのメニューを選んでも、満腹中枢が満たされなければ、ついつい余分な一口を食べてしまうこともあるでしょう。
とくに早食いのクセのある人、お腹がいっぱいになるまで食べるクセのある人には、腹八分目でやめることは難しいかもしれません。
そこで、次の二つの対処法をご紹介します。
早食いだったり、つい食べ過ぎてしまうと思う人は、ぜひ試してみてください。
1. 食事を一口運んだら、必ず箸を置く
早食いの人の多くは、食事が始まってから終わるまで、箸を持ち続けています。休む間もなく次から次へと食事を口に運んでしまうため、つい食べ過ぎてしまうのです。
これを予防するには、食事を一口運んだらいったん箸を置くクセをつけることです。一口一口をしっかり噛むようにして、食事のペースをスローにしてください。すると、食べている途中で満腹中枢が刺激され、これまでより少量の食事でも満腹感・満足感が得られるようなります。
2. 多めの野菜で満腹感を演出する
満腹感を得るまで食べ続けてしまう人は、野菜でお腹をふくらませる工夫をしてみましょう。その利点は2つ。
一つは、野菜は肉や揚げ物に比べて、断然カロリーが低いこと。もう一つは、日本人に圧倒的に足りない、野菜の摂取につながること。
厚生労働省などが推進する「健康日本21」によると、1日当たりの野菜摂取量は350gとされています。ところが実際は、すべての世代でそれを下回っており、栄養の偏りが懸念されています。
カロリー制限をする場合は、栄養のバランスに注意する必要があります。特に、野菜、大豆、キノコ類は、積極的に取り入れてほしい食材です。これらはカロリーも低いので、多めに摂って満腹感を演出してください。
腹持ちのいいカボチャやイモ類などは、100g当たり80~90kcalと、野菜の中ではカロリーが高めですが、煮物などの副菜にすれば、メイン料理の量を抑えることもできるでしょう。
ただし、ジャガイモを、相性のいいマヨネーズやバターで味付けしてしまうと、脂質の摂取量が増え、カロリーも跳ね上がってしまうので、要注意。また、サツマイモは案外とカロリーが高いので、食べ過ぎないようにしてください。
健康寿命を延ばすために、「ちょっとの手間」と「ちょっとの気遣い」で、腹八分目の食事を習慣にしましょう!
文:編集部ライター Y.Y